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講演という時間を「意味のある問い」に変えるために
ありがたいことに、最近さまざまな方から講演のご依頼を頂戴しています。 ご相談をいただくなかで、ひとつ感じることがあります。それは、「テーマ」や「目的」が言葉になりきっていない段階でお声がけいただくことが少なくない、ということです。 気づきや刺激を得られる機会を増やしたい。参加者にとって価値のあることを提供したい。だからまずは相談してみよう、という自然な流れなのだと思います。 一方で、講演という時間の質は、「設計」によって大きく変わります。 誰に向けた時間なのか。 その場をどんな空気で満たしたいのか。 そして、どんな「問い」を持ち帰ってもらうのか。 ここが少しクリアになるだけで、同じテーマでもまったく違う設計になります。 私は講演をお引き受けする際、このような点を事前に把握することを大切にしています。単に与えられたテーマについて一方的にお話しするのではなく、ご依頼いただいた背景や前提をお聞かせいただき、「本当に考えるべき問いは何か」を一緒に探っていくところから始めます。 たとえば、一見わかりやすいテーマであっても、「私たちは何を前提に、どんなふうに


中学生との対話②「自分の状況や気持ちを言語化するのが苦手です」
私は基本的にSNSで発信しません。理由のひとつが、一方的に発信し合うのではなく、対面で、その場の空気を感じながら人と向き合っていたいからです。そのぶん、年代やバックグラウンドを問わず、いろんな人たちと対話できる場を大切にしています。 先日、とある私立中学校にお招きいただき、中学生たちとディスカッションする機会がありました。メーンテーマは「世界の今とこれからについて」でしたが、授業のあと、中学生から日々の過ごし方などについてたくさんの質問をいただきました。ここでは「中学生との対話①」に引き続き、Q&Aの一部を公開します。 Q. 自分の状況や気持ちをうまく言語化するのが苦手です。「口に出してみる」以外に、言語化がうまくなるコツはありますか? 実は私も、昔はとても苦手でした! 言語化が苦手な理由には、いくつか種類があります。もし「考えがない」わけではなく、「頭の中には何かあるのに言葉がうまく浮かばない」とか、「しっくりくる表現が見つからない」ということなら、口に出してみる以外にも有益な練習方法があります。 一つは、落ち着いて書き出す習慣をしばらく続け


中学生との対話①「なぜ、政治家にならなかったんですか?」
先日、とある私立中学校で、世界の今とこれからについてディスカッションしました。中学生からたくさんの質問をいただきましたが、きちんと答えたかったので後日、文章でお返事を送りました。ここでは2回に分けて、Q&Aの一部を公開します。 Q. 宗教の対立や、宗教上の紛争を解決する方法はあるんですか? 歴史を振り返っても、宗教の対立や紛争を完全になくすのはとても難しいことだと私は理解しています(「正しい悲観主義者」にはなりたくないですが)。なぜなら、宗教の問題は信じていること(世界観)の違いだけではなく、歴史や政治、暮らしの不安、差別や格差など、いろいろな問題と結びついているからです。国際関係学でも、宗教だけを原因と見るのではなく、政治や経済、文化などをあわせて考えることが大切だと言われています。 ただ、だからといって歩み寄りの可能性がまったくないわけではありません。むしろ、今の世界ではグローバル・メディアの広がりによって、国や宗教を超えて同じ映像を見たり、似た価値観を共有したりする機会が昔よりも増えていると私は思います。もちろん、国によっては海外の情報を得


3,000人が集う「ダボス会議」、真の価値が試される5日間が始まった
繰り広げられるのは「対話」か、それとも対立に向けた「宣戦布告」なのか――。 第56回世界経済フォーラム年次総会(通称「ダボス会議」)が2026年1月19日にスイスのダボス・クロスタースで始まった。「この数十年のなかで最も複雑な地政学的状況下で開催される」(世界経済フォーラム)今回の会合には、米ドナルド・トランプ大統領やウクライナのウォロディミル・ゼレンスキー大統領など約65人の国家元首や政府首脳を含め、130カ国以上から約3,000人が出席する予定だ。 今年のダボスの主役は、なんといってもトランプ大統領だろう。デンマーク自治領グリーンランドの領有権獲得に意欲を見せるなか、過去最大規模の米国代表団を率いてダボスに降り立つ見通しだ。21日に予定されている演説で、米大統領は何を話すのか。トランプ大統領の発言に、欧州をはじめ世界各国はどう反応するのか。「対話の力(A Spirit of Dialogue)」をテーマに掲げる今年のダボスには、いつにも増して緊迫した空気が漂う。 年次総会に先駆けて世界経済フォーラムが発表した『グローバルリスク報告書2026年


古い秩序はもう戻らない。「ダボス会議」が突きつけた現実と「人間の鼓動」
第56回世界経済フォーラム年次総会(通称「ダボス会議」)が閉幕した。今年のダボスには130カ国以上から約3,000人のリーダーが集結し、過去最多となる約400人の政治指導者、約65人の国家元首および政府首脳が参加した。世界トップクラスのCEOや会長、ユニコーン企業やテクノロジー・パイオニアも顔を揃え、「対話の力」(A Spirit of Dialogue)をテーマに平和や安全保障、テクノロジー、経済成長、人への投資などについて議論を交わした。 今回のダボス会議で痛感したのは、第二次世界大戦後に築き上げてきた常識や規範、秩序はもはや通用しないということだ。各国のトップは複雑な地政学的背景や緊張関係を露呈し、多くの課題を提起した。米国と欧州の間に生じた亀裂が繰り返し語られ、指導者たちはさまざまな考えを示した。 カナダのマーク・カーニー首相は演説のなかで「世界秩序の断絶、美しい物語の終焉、そして大国間の地政学が一切の制約を受けない残酷な現実の始まり」について語った。 古代ギリシャの歴史家トゥキディデスの警句――「強者はしたいことをして、弱者はそれを耐え


速報ではなく、問いを持ち帰るという仕事(ダボス後記)
今年も、メディアリーダーのひとりとしてダボス会議に参加しました。ダボスには世界の政治や経済、テクノロジーの最前線にいる人たちが集まり、多くの発言が生まれ、ニュースになっていきます。 けれど現地にいて、私はあらためて思いました。自分の役割は、誰よりも早く情報を届けることではない、と。 ダボスには、速報性の高い言葉があふれています。刺激的で、切り取れば見出しになる発言も多い。でも、それらを追いかけるだけでは、「その先に何が残るのか」が、どうしても見えにくい。 むしろ私が価値を感じたのは、その場に散らばっている言葉や違和感を持ち帰り、「では、私たちは何を問い続けるべきなのか」という形に編集することでした。問いを立て直し、世の中に投げ返す。それが、私ができる一番誠実な仕事だと思ったのです。 一方で、大学で教える立場にある今、自分の中に小さくない違和感があることも正直に記しておきたいと思います。 学生たちは真面目です。でも、教科書的な答えや生成AIが整えたような言葉で、思考が早々に閉じてしまう場面も少なくありません。 「正解を出すこと」がゴールになり、問い


イノベーションの創出に必要なこと
世界経済フォーラムがセールスフォースやデロイトとともに2020年に立ち上げたオープン・イノベーション・プラットフォーム「Uplink」(アップリンク)の勢いが加速している。4年間で6万9,000人以上の起業家や投資家、専門家、パートナーからなるエコシステムを構築し、56のイ...


ユニコーンが見た「ダボス」のリアル
世界経済フォーラム第54回年次総会(通称「ダボス会議」)が1月19日に閉幕した。今年は125カ国以上から350人の首脳や閣僚を含む約3,000人のリーダーが参加。セッションやワークショップの数は450を超え、「信頼の再構築へ」というテーマを軸に対話や議論が繰り広げられた。...


AIは世界の不平等を解消できるのか
2024年1月15日に開幕した世界経済フォーラム年次総会2024(通称「ダボス会議」)。「信頼の再構築へ」をテーマに2,800人を超えるリーダーが集い、主に「分断された世界における安全保障と協力の達成」「新時代の成長と雇用の創出」「経済と社会の原動力としてのAI」「気候、自...


敵か、味方か?「AI革命」への備え方
「アントレプレナーシップ(起業家精神)~グローバル経済の原動力~」をテーマに、6月27日から中国・天津で開催された「第14回 世界経済フォーラム ニューチャンピオン年次総会2023」(通称「サマーダボス」)。世界90カ国から1500人以上のビジネスリーダーや公人が集い、3日...


消えたうわばき(記憶のかけら Vol.2)
人とは、集団とは、社会とはなにか。「信頼する」とは、どういうことか。 8歳の頃から、私はこの問いについて考え続けている。というより考えざるをえなかったのだ。安全な居場所を確保するために。 カラフルな幼稚園時代を過ごしていたわたしにとって、小学校はちょっぴり窮屈な場所だった。 こじんまりした幼稚園に比べて、小学校にはたくさんの生徒と先生がいて、いくつもの規律があった。そしてバランスよくなんでもできることを求められた。 私にはできないことがたくさんあった。まず、暗記が大嫌いで漢字が覚えられない。運動もダメで、特に水泳と鉄棒と跳び箱が苦手だった。 ただ、私にはある気質が備わっていた。まず、「できない」を「できる」に変えたいという思いがとても強かった。さらに、できるようになるためのプランを立てて、コツコツ取り組むのが得意だった。 自分としては水面下で必死にバタ足しているのだけれど、側から見ればなんでもそつなくこなす子だったのだろう。そんな私に同級生や先生は「優等生」のレッテルを貼った。そのレッテルに私は「いい子でいなくちゃいけない」というプレッシャーと、


6歳児、ヨセフさまになる(記憶のかけら Vol.1)
いろんな国の人がいて、いろんな言語が飛び交っていて、「あたり前」に縛られない場所。 そんな環境にわたしはいつも強く惹かれ、そしてどこか安心する。この感覚の根っこにあるのは、カラフルな幼稚園時代の思い出と、「うわばき事件」に端を発するモノトーンの記憶だ。 東京・世田谷区で生まれたわたしは、小さな幼稚園で2年間を過ごした。そこはプロテスタントの流れをくんだキリスト教の幼稚園で、ささやかな園庭と、木目調の礼拝堂があった。 面接で「今日は何を食べましたか?」と聞かれて「ラーメン!」と答えたら合格した私を待っていたのは、たくさんの日本人の子どもたちと、グローバルな環境で育った数人の友だちだった。 幼稚園には英語の時間があった。といってもローマ字を読んだり英単語を覚えたりするくらいで、話せるようになるにはほど遠く、英語はわたしにとって呪文のようだった。それでも「バナナ!」「アップル!」と叫んだり、英語で歌ったり踊ったりするのは、子どもながらにうきうきした。英単語つきのイラストカードも、マジックで「KUMI」と書かれた誕生会の王冠も、英語の先生の雰囲気もとても


それは誰のための「正しさ」なのだろう
「あなたのためを思って」という言葉がある。 私はこの言葉が苦手だ。この言葉にはたくさんの危うさが潜んでいるから。そして、この言葉を聞くたびに苦い記憶がよみがえり、胸がぎゅっと苦しくなるから。 忘れられない思い出がある。小学生のときのことだ。...
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