1億4000万回再生された「偽の勝利」動画の正体

嘘とウワサ

2026/10/20

(この文章は後編です。前編はこちら)

「偽情報ビジネス」が世界的に注目を浴びたきっかけは、2016年の米大統領戦選挙だった。

2018年2月16日、米司法省は2016年米大統領選に介入した罪でロシア人13人とロシア企業3社を正式起訴したと発表した。

起訴された企業のひとつが、ロシア・サンクトペテルブルクにある「インターネット・リサーチ・エージェンシー」(IRA)だ。大統領選介入疑惑を調べてきたロバート・ムラー特別検察官の起訴状は、同社は2016年米大統領選を含め、米政治体制に不和を植え付けるという戦略的な目的を掲げて活動していたと断定している。

IRA——米大統領選挙を翻弄した「偽情報工作」

IRAの実質的なオーナーは、「プーチンの料理人」の異名を持つロシアの実業家、エフゲニー・プリゴジン氏。起訴状によると、IRAは2014年初頭から米国の政治システムへの干渉工作を開始していた。

従業員たちは「スペシャリスト」と呼ばれ、米国内に政治的緊張を生み出すために昼夜二交代制でSNSの運営を手掛けるよう指示された。彼らはアメリカ人になりすましてSNSのアカウントやグループを運営し、米大統領選挙でトランプ氏と戦ったヒラリー・クリントン氏に関する中傷的な情報を流布し、テッド・クルーズ氏やマルコ・ルビオ氏など他の候補者を貶め、バーニー・サンダース氏やドナルド・トランプ氏を支持することを主な目的とする工作を展開した。

Facebook(現Meta)が米議会に提出した証言によれば、このキャンペーンでFacebookとInstagramを合わせて最大1億4,600万人にコンテンツが届き、投稿数は8万件以上にのぼる。

起訴状には、ロシア人13人に対する主な訴えの内容が記載されている。たとえば以下のようなものだ。

  • 米国人を装い、米国人の名前で金融機関口座を開設

  • ロシアとのつながりを隠ぺいするため、米国内のサーバー上にアドレスを購入

  • 米国内で政治集会を組織し、大々的に宣伝

  • SNSで実在の米市民になりすまし、政治的メッセージを展開

  • ヒラリー・クリントン氏を中傷する情報を拡散

  • 米国のSNSに投稿するため依頼主から金銭を受領

  • FacebookやInstagramなどに、争点となっている話題についてテーマ別のグループを作成

  • ヒラリー・クリントン氏に扮した女優が囚人服姿で入れる大きさの檻の製作に出資

IRAが国を越えて仕掛けた情報戦は、民間の情報インフラであるSNSを、「偽情報」を拡散するための戦略的兵器に使った最初の大規模事例といえる。軍や外交ではなくSNSを主戦場とし、偽情報を使って国内の分断をあおることで、特定の国を内側から壊すというドクトリンが効果を発揮することを世界に知らしめた。

マケドニアの若者が生み出した「フェイクニュース成金工場」

IRAの暗躍と同じ頃、マケドニアのヴェレスでは、一般市民が金儲けのために政治的コンテンツを量産しまくる「フェイクニュース工場」が勃興していた。

BuzzFeed Newsが2016年11月に掲載した記事によると、旧ユーゴスラビア・マケドニア共和国にある人口4万5000人の街ヴェレスでは、若者たちが広告収入目当てに100以上の米国政治関連のウェブサイトを立ち上げ、デジタルゴールドラッシュが起きていたという。

これらのサイトは「Trump」や「USA」など米国を彷彿させるドメイン名を使い、トランプ氏を支持するコンテンツを掲載していた。だが、サイトを運営する若いマケドニア人たちは、トランプ氏を支持するどころか、米大統領選挙で誰が勝利するかなどまるで興味がなかった。

BuzzFeed Newsの記事によると、彼らがサイトを立ち上げた理由は金儲け、つまり経済的なインセンティブだ。なかには半年で6万ドル以上を稼いだ者もいたという。

ローマ法王がトランプ氏を支持したという虚偽の主張や、マイク・ペンス副大統領がミシェル・オバマ氏を「これまでで最も下品なファーストレディ」と評したといった虚偽を含んだ記事にセンセーショナルな見出しをつけて、Facebook上で拡散する。トランプ支持者が喜ぶ記事をアップすればするほどクリック数が増え、ウェブサイトの広告収入が増える。

偽情報は儲かる——。マケドニアのフェイクニュース工場は、無名の一般市民でも「偽情報エコノミー」を活用して簡単に金持ちになり得ることを世に知らしめた。

それから10年。相変わらず、世界は嘘で溢れかえっている。

「誇張」と「捏造」の境界線はどこなのか?

前編で紹介したPolymarketの「勝利を偽装した動画の拡散」は、企業が偽情報をグロースマーケティングに活用するという、いわば「偽情報ビジネスの転換点」として位置づけられる。作業の担い手は無名の学生クリエイターで、単価は月2,000〜3,000ドルほど。国家レベルの資金力がなくても、クリエイターに秘密裏に資金を提供し、低コストで偽情報エコノミーを活用できることが明らかになった。

それにしても、学生クリエイターたちには「バレたらまずい」という認識はなかったのだろうか。

career.ioが正社員1000人を対象に実施した調査によると、Z世代は就職活動において経歴を誇張する傾向が47%と最も高かったという。ちなみに、ミレニアル世代は38.5%、X世代は20.4%、ベビーブーマー世代では9.4%が「就職のために嘘をついたことがある」と答えている。

一方で、単に「嘘をつくことへの抵抗が薄れている」と言い切るのも尚早だ。誇張することが悪いとは思っていない、あるいは「誇張」と「捏造」の境界線を自分に都合よく引き直しているとも考えられる。

「実際、みんなやっていますよね」。IRISが言った。「自撮り写真で目を大きくしたり、肌を滑らかにしたり、ちょっと盛ったり。そういうことが日常になっているから、境界線がわからなくなるのも理解できます」。

「自分をよく見せることと偽情報でお金を稼ぐのは別の話だと思うけど、生成AIでいろんなコンテンツをつくれるようになって、『境界線がわからない』という感覚はますます強まっているかもしれないよね」

倫理観そのものが緩んだのか、それとも自己正当化のロジックが普及したのか。どこまでが演出で、どこからが「嘘」なのか。

生成AIが加速度的に普及し、誰もが簡単にコンテンツをつくれる時代を迎えた今、私たちは改めてこの問いに向き合う必要がある。

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    • 瀬戸 久美子

      Forbes JAPAN Contributing Editor / 特集デスク兼任|東京都市大学特任教授|中央大学国際センター学生起業支援コーディネーター | インタビュアー・モデレーター・研究者

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