災害時の「犯人探し」と風評被害への対処法

嘘とウワサ

2026/10/20

*令和8年7月28日に熊本県で発生した地震により亡くなられた人々に謹んでお悔やみ申し上げますとともに、被災された皆さま、そのご家族の人々に対しまして心よりお見舞い申し上げます。

「どうなってるんでしょうね、この社会は!」

お盆休みで仕事がひと段落した、木曜日の朝。たまった事務作業を片付けていると、IRISが怒り口調でこう話しかけてきた。

「どうしたの?」

「見てくださいよ、このピースサイン画像。被災者の方の写真をこんなふうに加工して、何が楽しいんでしょうか。相手がどう思うかなんて、一切考えてないんでしょうね。想像力のかけらもない」

熊本地震で、報道機関が撮影した被災者の写真をAIで加工して拡散した人がいる——そんなニュース記事を前に、IRISは珍しく感情を露わにしていた。

「インプレッション狙いなんだろうね。注目されたい、話題になりたい。偽情報エコノミーが、人間の倫理観を奪っているんだと思う」。そう返した私に「でも、あんまりじゃないですか!」とIRIS。腹立たしい気持ちはわかる。私もやるせなさでいっぱいだから。

7月28日に発生した熊本地震では、直後からSNS上でさまざまな誤情報や偽情報が行き交った。今回の地震は人為的なものだといった陰謀論から、JR九州の豪華寝台列車「ななつ星 in 九州」が脱線したとする投稿まで(JR側は脱線を否定している)。災害直後の混乱がネット上にも見て取れた。

インプレッション狙いの偽情報や愉快犯、被災者を装った詐欺行為など悪質なものもあった。被害状況を伝える人の画像を生成AIで加工したり、被災者の家族を装って寄付を募ったりと、その手口は多岐にわたる。

そして今回もまた、企業に対する風評被害が起きた。災害時によく見られる「悪者探し」によって、複数の企業が影響を受けたのだ。

社名が似ているだけで「炎上」する

熊本地震後、嘉島町にあるイオンモール熊本で爆発が発生した。犠牲となった方のなかに、「金庫にお金を入れないといけないと言われたので戻る」と親戚に話していた女性がいた。RKK熊本放送がそのことを報じた際、テナント会社名は伏せ字にされていた。

この報道をきっかけに、SNS上では「女性を店舗に戻らせた犯人探し」が始まった。「オンワードではないか」「パワーストーンなどを扱うストーンマーケットの従業員では」など、憶測に基づいたさまざまな名指し投稿が拡散した。

8月2日、SNS上で名指しされたストーンマーケットが「一部報道・SNS上の誤情報について」と題した声明を公式サイトに掲載し、自社の従業員ではないと否定した。同日、店内に戻るように指示した店舗の運営会社は「ハビタ」だと判明。同社の幹部は売上金を金庫に移すために会社側が施設内に戻るよう指示したこと、付き添った別の女性スタッフも亡くなったことを認めて謝罪した。

だが、話はそこで終わらなかった。

被害女性の勤務先がハビタだと報じられると、今度は同じ社名を持つ無関係の企業に問い合わせが殺到した。グリーンインフラや環境共生型のまちづくりに関するコンサルティングを手掛ける神奈川県のハビタは8月3日、「同名の事業者に関する報道について」と題した声明を発表。「名称が同一または類似していることによる誤認から、当社宛てに当該報道に関する連絡が寄せられています」としたうえで「報道の対象となっている事業者とは別法人です」と強調した。デマに対しては「記録を保存したうえで、必要に応じて警察その他の関係機関に相談いたします」と警告している。

社名が似ているというだけで、まったく関係のない会社に疑惑の目が向けられる。このような例は過去にもあった。

オウム真理教事件が世間を賑わせた頃は、株式会社オーム電機に「オウム真理教と関係があるのではないか」との問い合わせや誹謗中傷が殺到した。同社は段ボール箱に印刷された社名を粘着テープで隠し、「発売元OHM」と表記。「弊社はいかなる宗教団体とも関係ありません」と書かれた注意書きシールを商品に添付するなどの対応を迫られたという。

飲食チェーン「びっくりドンキー」を運営する株式会社アレフも、オウム真理教が事件後に「アレフ」に改称したことで被害をこうむった。同社は今でもホームページ上に「小社『株式会社アレフ』は、オウム真理教および同教団の『アレフ』と呼称する団体とは一切関係がありません」と記載している。

「それにしても、なぜ人はこんなにも『悪者探し』をしたり、『この会社が悪い!』と決めつけたりするのでしょうか。事実確認もせずに」。IRISが聞いてきた。

「悪者探し」したがる心理

悪者探ししたがる心理の裏側には、人間の欲が強く影響している。

デマが生まれる土台にあるのが、G.W.オルポートとL.ポストマンが提唱した有名な公式だ。彼らの論文によると、デマの強度は「重要性」と「曖昧さ」の掛け算に比例する(R = i × a)という。

R(デマの強度)=i(importance/重要性)×a(ambiguity/曖昧さ)

7人もの方が亡くなった。被害にあった方の一部は会社に言われて店舗に戻っていた。この事実は社会的にも重要性が高い。しかも当初はテナント名が公表されず、人々が曖昧さを穴埋めしたくなる状況にあった。まさに「デマの強度」が最大化していたといえる。

無関係の企業が犯人扱いされた理由は、行動経済学者ダニエル・カーネマンとエイモス・トヴェルスキーが提唱した「代表性ヒューリスティック」という概念で説明できる。代表性ヒューリスティックとは、ある対象を判断するときに「知っているものの代表的な特徴にどれくらい近いか」を基準にしてしまうという認知バイアスのことだ。

熊本地震の例では、「雑貨・アクセサリー系」「若い女性スタッフ」といった断片的な情報をパワーストーン販売会社に重ね合わせた人たちがデマを拡散した。ステレオタイプな見方が先行した結果、事実を見誤った典型例といえる。

では、「けしからん!」とネット上で叩く理由はなんなのか。この謎をひも解くのに役立つのが、哲学者J.トージとB.ワームキーが提唱した「モラル・グランドスタンディング」(道徳的誇示)だ。

モラル・グランドスタンディングとは、道徳的な発言を通じて自分の倫理観の高さを他者にアピールし、社会的な評価(例:いいね!やリツイート)を得ようとする振る舞いを指す。「目立ちたがり屋は、自分が道徳的に尊敬に値すると認められたいと願う」——この願望を、2人は承認欲求と呼んだ。

自分こそが、何が道徳的であり、それをどう社会に適用すべきかを判断できる人物だ。このような自己顕示欲が、ネット上での犯人探しや「けしからん!」という話で盛り上がる背景にある。これは「歪んだ正義感」が炎上を招くという、国際大学の山口真一教授の分析結果にも合致する。

「つまり、まとめるとこういうことでしょうか」。IRISが画面上に図を映し出した。

情報の重要性×曖昧さ+代表性ヒューリスティック+道徳的発言による承認欲求=デマの発生・拡散

「こないだテレビでやっていた『鬼女の棲む家』とどこか似てますね。『自分は誰よりも早く事実を暴いたぞ!すごいだろう!』とアピールすることで自己顕示欲や承認欲求を満たしたい、という」

「文章を書いたり、情報を発信したりする裏側には必ず意図がある。メディアを含めて、そのことに自覚的じゃないといけない」。自戒の念を込めて、私はそう言った。

J.トージとB.ワームキーは論文のなかで、人々が自己顕示欲を満たすために名声を得る必要がないのと同じく、他者も自己顕示欲を満たす人々に彼らが求める名声を与える必要はないと指摘している。

私もそう思う。いいね!やリツイートによって投稿者のデマを拡散し、自己顕示欲を満たすための行為に加担する必要はない。そして自分自身もまた、いいね!やリツイートすることで自己顕示欲を満たしているのだということに気づくべきだ。

企業にできる4つの「デマ対策」

デマによる被害を食い止めるために、企業にできることは何か。ここでは4つのポイントを紹介したい。

1. 「うちは無関係です」を平時から準備しておく

社名が似ているというだけで風評被害を受けるリスクは、どんな企業にもあり得る。公式声明を出すまでに時間がかかるほど、問い合わせ対応のコストが積み上がり、被害も大きくなっていく。平時から「当社とは関係がありません」という公式声明文のテンプレートを用意しておけば、被害が発生しても速やかに対応しやすくなる。

2. 有事には誰がどう対応するかを決めておく

日本企業にありがちな稟議や複数の承認体制は、非常時の対応を遅らせることにつながりかねない。「災害や重大な事案が発生したときは、広報責任者と役員の決裁だけで公式声明を出す」といった例外ルートを規程化しておいたほうがいい。

3. 公式の場で反論する

デマが書かれた投稿への引用リツイートや返信という形で反論すると、デマ投稿のエンゲージメントを押し上げ、間違った情報をさらに拡散させてしまうことがある。反論は自社の公式アカウントやプレスリリースを通じて出したほうが安全かつ、企業の姿勢を正確に示すことができる。

4. 検証可能な事実とセットで伝える

反論の仕方も重要だ。「全従業員に確認を取りましたが、該当する事実はございません」といった具合に、検証可能な具体的事実とセットで伝えると説得力を高めることができる。

具体的な行動を示すことも大切だ。熊本地震で風評被害を受けた神奈川の企業は、公式声明文の最後に「内容に関しては記録を保存したうえで、必要に応じて警察その他の関係機関に相談いたします」と明記している。この文章からは、冷静さとともに強い意志が伝わってくる。

反論の強さは、感情に任せた怒りの表現ではなく、行動を伴う具体から生まれるのだ。

この記事をシェアする

ホーム嘘とウワサ

災害時の「犯人探し」と風評被害への対処法

関連記事

    • 瀬戸 久美子

      Forbes JAPAN Contributing Editor / 特集デスク兼任|東京都市大学特任教授|中央大学国際センター学生起業支援コーディネーター | インタビュアー・モデレーター・研究者

      プロフィールはこちらlink

    お問い合わせ

    お仕事のご依頼やお問い合わせ、ご相談などはこちらからご連絡ください

    お問い合わせはこちら